― 建築家という仕事に興味をもったきっかけはなんですか？

小学校低学年のときに両親とモデルルームを見に行くのが好きで、母が建築家っていう職業があるんだよと教えてくれたんです。そこから小学校の文集で将来の夢に“世界的な建築家になってホワイトハウスを建て替える”って書くほど意識するほどに。

中学生のときに改めて将来について考えて、やっぱり建築家になりたいと思い、それから行きたい高校・大学を見つけたという感じです。とにかく家族の影響が大きかったと思います。父はインダストリアルデザイナー、母はファッションデザイナー（いまは2人とも万華鏡作家）、姉はグラフィックデザイナーなんです。

― すごい！ クリエイティブ一家なんですね！

建築家という職業に関しては無知だったものの、建築に関係するクリエイティブな情報を多感な時期に家族から得ていたように思います。思い出すのは、大学4年生のとき、まわりは大学院に行くか就職活動をする時期にぼくが「就職活動はしないからスーツはいらないよ」と宣言したらいんです。そこで「そうきたか」と思った母から後日一冊の本を手渡されました。それは「安藤忠雄の都市彷徨」という本で、若き安藤さんが世界を放浪して建築に出会う本です。ぼくはこの本に大きく刺激を受けました。いま思えば、きちんと就職活動しなさいと言わなければならない立場の親から「覚悟はできているのか」という無言のメッセージだったのだと思います。これはぼくの人生のなかでとても大事な瞬間でした。

― ちなみにほかに夢中になっていたことは？

サッカーです。小学校の頃、クラブチームのジュニアユースに入っていて、サッカー漬けの日々でした。まわりにはゲームに夢中になる男子も多かったけど、ぼくは外でずっと遊んでいたい子どもでしたね。それと絵を描くことも好きでした。好きな教科も体育と図工。

― こどもが大好き、体育と図工。建築家って理系ですよね、勉強で苦労しましたか？

どちらかといえば文系だったので理系の勉強では苦労しました。一方で、建築家というのは多くの人と関わり、ものごとをまとめる仕事であるので、高校で入部したアメフト部のキャプテンを3年生のときにつとめました。今だから言えることは、得意・不得意はあるにせよ、なんとかここまでやってこれましたし、独立してからはコンセプトを考えたり、考えを発信していく機会が多いので、もともと文系寄りの自分の強みが生かされていると感じます。

― 小野寺さんは建築家になるまで苦労したこととか、苦い経験はありました？

しっかりあります。大学卒業後、1年半ほど実務を経験したあと、22歳のときにパリにある設計事務所で働くためにフランスへ移住しました。でも当時、リーマンショックの大打撃をうけ、現地人のリストラも多かったんです。結果、30社以上受けたけど全滅。なんとか照明デザインの仕事をしている日本人のもとでお手伝いして食いつないでいたけれど金銭面なども考えると厳しくて。なんとか現地に残るためにパリの大学院受験に挑戦したけれど、無念な結果でした。最後は手元にあった残りの数万円でスイスとドイツを旅して泣く泣く日本に帰国しました。成田に着いたとき、財布に残っていたのはたったの10円。この時期はぼくにとって完全に挫折の1年と言えます。

― そうだったんですね、なんかストレートにいい建築事務所に入ったのかと思っていました。でもなんか大きな失敗や挫折を経験するとそれが糧になりますよね。

はい、この経験はあとにも先にも自分にとって大きな出来事でしたね。じつは知人からニューヨークの仕事を紹介してもらえる機会があったので、ニューヨークに行けば苦労しなかったかもしれないですが、パリは芸術の街、行くなら絶対パリに行きたいって思っていたし、ニューヨークという安全オプションが出てきたときに、逆に「よし、絶対パリに行こう」と決意しました。

― 反骨精神（笑）。それもある種、性格ですよね。人によってはそう言われたらニューヨークに行くだろうし。でも、小野寺さんは行かないという選択をした。

でも、ラッキーなことに帰国後は、ご縁あってSANAAという設計事務所に就職しました。というのもSANAAがちょうどパリの老舗百貨店＜ラ・サマリテーヌ＞の新築・改修プロジェクトのコンペに勝ったタイミングで、パリに住んでいた経験を評価してもらえました。事務所や仕事に関わる場所にフランス人も多く、パリに住んでいたときよりたくさんの友だちもできましたし。苦労した結果の先には楽しいものが待っていましたね。当時の自分に教えてあげたいです。「今は最悪だけど、将来いいことあるよ」と（笑）。

― それからは順調だったわけですね？

もちろん大変なことは多々ありましたけどね。SANAAで8年ほど実務経験を積んだあと、独立をしてすぐは個人住宅やリノベーションなどの仕事が多かったのですが、その後、徐々に商業や公共のプロジェクトなどに携わるようになりました。例えば、2022年にはパリのブランド＜PATOU(パトゥ)＞の日本初旗艦店を手がけさせてもらい、アーティスティックディレクターのギョーム・アンリと一緒に店舗の世界観を作り上げました。

― 建築家の仕事で楽しいと思う瞬間を教えてください。

もちろん「建てる」ところがエキサイティングなのは間違いないですが、「クライアントからのオーダーがあって最初の提案でバチッとはまったとき」もとても好きです。建築家というのは自分の頭のなかにあるものを実際の世界に実現させるのが仕事です。抽象と具像の間を行き来しながら見たことのないモノやコト、場を作ることで表現していくところが楽しいです。

― 逆に、難しいと思うことは？

設計というのは、施主要望を実現する建物を計画するのが主な仕事で、デザインするときに手がかりを探すのですが、クライアント要望だけでなく、敷地条件・構造・耐震・避難・法規・条例・コストといったさまざまな条件をうまく解釈して解かないといけない。また、それは多くの人数が関われば関わるほど大変な作業となるので、そのあたりをまとめあげるのが難しい部分かと思います。

― 小野寺さんは自分自身どういう建築家だと思いますか？

建築だけに関することではないですが…人間性を語るとするならばリスク感知能力が著しく低いです。よくも悪くもハイリスクハイリターンなのでデザインも事業もチャレンジングなものが多いです。あと、本当に諦めが悪い。言いかえると、かなり粘り強いししつこいです。意地でも説得するし、ダメでも永遠に新しい案を提案し続けるタイプです。

― ずばり、仕事にむいている人はどんなタイプの人だと？

デザイナーにとっては総じてこの粘り強さ、しつこさは絶対に必要な要素ですよね。この精神性はもちろんのこと、身体的なタフネスも必要です。建築の世界は意外と体育会系ですので（笑）。

― いまの若者が将来建築家を目指すならどんなことからはじめるといいですか？

「安藤忠雄の都市彷徨」を持って、世界を旅することをおすすめします（笑）。あといくつかおすすめの本をあげるとすると、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃（いんえいらいさん）」。この本は、日本だけでなく世界中の建築家にとってのバイブルです。最後にもうひとつ、陣内正信先生の「東京の空間人類学」。東京という大都市の構造と成り立ちが独特な視点で学べます。これらの本は建築以外の人たちにとっても大変おもしろく読みやすい本だと思うので、ぜひ手にとってもらえるとうれしいです。

― 建築家として今後のビジョンを知りたいです。

ぼくはステレオタイプの建築家ではないと思います。むしろそれをぶっ壊していきたいと思っています。マスターアーキテクトだけが君臨する建築の世界ではなく、若手にどんどん仕事をふることができる流れを望んでいます。＜OSO RESEARCH SPACE＞を作ろうと思ったのも自分が上の立場になったときに成すべきことについて考えていたから。建築的知性を生かしてキュレーションしたりエキシビジョンをしたりする場所を作れば、世代や国を越えてさまざまな関係性や事業やリサーチを展開することができる。そうすれば社会の仕組みの川上でちゃんと水をきれいにしていくことができると思うんです。今後はそういう動きをしていきたいですね。

― たしかにそういうことを上の立場の人がやっているのは若手にとってすごくありがたい環境ですよね。若いときは自分のこだわりをだしていかないとオファーもこない、同業者に対し羨ましいとか妬みもあった。でもいまは自分と同世代がオンタイムで活躍しているのを知ると嬉しくもあり安心する。仕事をしなくては生活できないけれど、次の世代の道しるべとして何ができるかを考えるようになった。どれを選ぶかはその人自身だけど、今と昔ではおかれている環境も違うから、そういう生き方もあるんだよということを見せることができたらいいですよね。

そうですよね。磯崎新さんという建築家がいたんです。その方はコミッショナーという肩書きで街づくりを行政と一緒に取り組み、若い建築家に機会を与え優れた建物がたくさん生まれました。ぼくもそういう動きが大事だと思っています。大阪・関西万博の仕事もそうですが、今後も色々な仕事をしていかなきゃいけない。そうすれば実績も生きると思うんです。この業界でいうと40歳はまだまだ若手ゾーンですから。

― 忙しい日々をおくっているかと思いますが、オフの日はなにをしていますか？

最近は仕事の時間、スタッフとの時間、家族の時間、自分の時間などなど、たくさんあって何かを融合させないと時間が足りないくらいです。でも、やはり子どもとの時間を大切にしています。ぼくは体を動かすことが好きなので休日には子供を自転車に乗せてぼくのランニングに付き合ってもらったり、公園では思いっきり鬼ごっこしたりして、子供と遊びながら自分も体を動かすということをしています。あとは料理が好きなので、用事がないときはずっとキッチンにいますよ。

― 大人になっても外遊びが好きなんですね（笑）。ちなみに生まれ変わったら、建築家も含めて何になりたいですか？

建築家の仕事は自分の考えたことが実現するまでにかなりの時間を要します。かつ、表現では建築や空間を通していわば二次的（間接的）に行います。その点でいうと、一時的な表現者である俳優とか歌手には憧れますね。自分のもっている声や表情などの個性で表現し勝負をしている姿にいつも感動します。

― 最後に、子供のころの自分にひと言お願いします。

「おまえの人生、大変だぜ…」っていうのは冗談ですが（笑）、「大丈夫、やり続ければいいことあるよ！」ですかね。ちなみにこれは親父の口ぐせでもあります。