
世の中にはいろんな職業があって、魅力的な人たちで溢れている。ビルビルメンバー(おもにフォトグラファー大辻隆広、スタイリスト伊藤信子)が気になる人に会いにいき、仕事にまつわるあれこれを質問。次世代へとつなぐインタビュー企画。
第2回は古くからの友人であるアパレルブランドのデザイナー春山麻美さんのもとへ!

today’s guest
ファッションデザイナー Fashion Designer | 春山麻美 Asami Haruyama
某大手セレクトショップの企画、バイヤー、ウィメンズPRを歴任したのちに退職。2013年より「F/CE.(エフシーイー)」のウィメンズデザイナーを務める。今シーズンよりウィメンズのためのテクニカルライン「F/CE. ÉTENDRE(エトンドル) Collection」を始動。F/CE.のインラインともリンクしつつ、ÉTENDREはより繊細で自由な解釈のもとに、女性という存在の可能性を広げていくブランドの新たなステートメントライン。現在はロンドンに拠点を移し2人の息子と生活している。
― 長い付き合いになるけどなかなかこういうこと聞く機会がなかったよね。春ちゃんは子どもの頃からファッションに興味があったの?
どうだろう、おしゃれをするのは好きだったと思う。だけど、自分だけじゃなくてみんな服好きやん、っていう感覚だった。お母さんもおしゃれが好きだったから、一緒に近くのモールでお買い物したり、お母さんが作った服を姉妹で着せられたり。
小学生のときにテレビで音楽番組を見ていて、光GENJIとかユニコーンに衝撃をうけて。その理由は、そのときの衣装が格好いいじゃんってところだったのかも。歌もそれなりに聞いていたけれど、衣装を見て格好いいと感じたのはその頃から。ファッションでいうと憧れの対象は女性じゃなくて男性だったのもこのときからで、大人になった今でも変わらない。そして小学校の文集には“スタイリストになりたいです。スタイリストとは洋服を借りて人に着せる仕事です”って説明まで書いていた(笑)。今ではわりと認知されている職業だけど、あの頃スタイリストって仕事を誰に教えてもらったのか…。
― 夢がスタイリストだったというのはびっくり。男性の音楽や衣装がきっかけっていうところがすごく春ちゃんっぽい。
そうそう、チェッカーズの服がかわいいとか思ったり、光GENJIがデニムのセットアップを着ているのを見て、わたしもほしいって買いに行ったりしてた!
― それからはスタイリストになるために何か勉強したの?
とくにそのためにしたことはないかな、雑誌買ってスクラップしたりする程度。わたし、じつは家で黙々と勉強するくらい、勉強することが好きだったし、高校も進学校に通っていた。でも、当時見ていた「Zipper」という雑誌を見て憧れの人が「マロニエファッションデザイン専門学校」に行っていると書いてあるのを見て、目標がそこに定まり、進学校としては異例のファッション専門学校の道へ進むという…。しかも友だちを引き連れて。先生たちは通っている生徒は大学に行くものだと思っていたから、さぞかし驚いたことだろうな。
― それ、すごいね。早くから行きたい道を見据えているって人なかなかいないのにね。
でもね、諦めも早かった。昔、地元のCMに出演したことがあって、そのとき知り合ったスタイリストさんに声をかけてもらいスタイリストアシスタントのバイトをさせてもらえることになって。アイロンがけやったり、強風の海辺ロケにも参加したりして、想像以上に大変だったのでもうムリやと思い、スタイリストの道は終了。
― 小さい頃に抱いた気持ちのまま18歳まで生きたってことがすごいなぁって思う。で、海ロケ行ってそれが嫌でスパンと諦めるのもおもしろいよね。10年以上想い続けた夢なのにね。
まぁ、その潔さのおかげで今の仕事に出会えている。あのときアシスタントとして声をかけてくれた方に感謝、気づかせてくれてありがとう、と(笑)。それからは少しファッションへの熱が冷めてしまった期間があったんだけど、今後の進路を考えなくてはと思っていた矢先、「チャオパニック」の新店舗スタッフの募集を知って新しい場所だから楽しいかもしれない、という感じで面接をしてもらって。別の店舗なら即採用できますと言われ、じゃあそっちで、となり、販売員人生がスタートしたわけ。
― そうだったんだね。そこからチャオパニックのPRになったきっかけって?
チャオパニックは関西発のセレクトショップだったんだけど、原宿店がオープンするから東京に異動してくれないかという打診があり。地元がめっちゃ好きだったから迷ったけれど、会社側からの条件がよかったので、よし、行ってみるか!と軽い気持ちで行ってみたら、東京楽しいじゃんってなり。もともとバイヤーに興味があって、それを会社の先輩にアピールしていたところ、お店の売り上げがよければバイヤーにならせてあげると言われ、販売員としてめちゃめちゃがんばって成果を出したの。東京の展示会にはバイイングに連れてってもらえるようになり、それからはバイヤーをしながら雑貨の企画も任されるように。当時、先輩バイヤーがけっこう厳しい人で、常にメモをとれと言われて、言われるがままメモをとっていたことも。パリ出張のときには気づけばノート1冊使っていた。試着、メモ、試着、メモの日々。そんなときにブランドPRが必要となり誘われて、楽しそうと思ってPRになりました。
― PRの前にバイヤーと企画を経験していたとは。そこから現在のデザイナー職に移行したのはどうして?
ある雑誌の企画で山根さん(夫)に出会って。山根さんはそのときアパレル会社を立ち上げたばかりで、いろいろ話をしていきPRも兼ねてうちにきたらどう?とお誘いがあり。ちょうど、その頃に社内で大改革があり、別ブランドのPRになるか、お店に戻るかの選択肢が自分にはしっくりこなくて悶々としていたから新しい場所でがんばってみようかな、となったわけ。立ち上げたばかりだったからPRもそこまですることなかったのと、企画してみてと言われたため、レディースの服を作ろうとなり<So far(ソーファー)>というブランドが誕生して。そこからデザイナーとして稼働するようになったの。
― デザイナーに至るまでなんだか流れるように辿り着いたって感じだね。ファッションに関わる職業って販売員やバイヤー、スタイリストなどたくさんあるけど、デザイナーになるにはどうしたらいいと思う?
デザイナーって服作り一本って感じがするけれど、わたしはこれまでに販売員やバイヤー、PR、スタイリストアシスタントを経験していろいろな角度から服を見る力を培われたと思っていて。それが今のモノ作りに反映していると思うから、そういう経験ができる会社に入るっていうのもひとつの選択肢だと思う。引き出しが増えることっていいことだと思うので。
― 春ちゃんはデザイナーとして一番おもしろいと思う瞬間は?
サンプルがあがってきたとき! もちろんデザインをしているときは楽しい。けれど想像していたものが実際に形になってあがってきたときはガッツポーズしちゃう。
― 逆に難しいと思うことは?
服作りにおいてのコミュニケーションかなぁ。デザインしてそこから作る過程において、技術的に難しいことがあって、それをどこまで忠実に作れるかというところにいつも悩まされる。それに、ただ作りたい服を作っているだけではなく、ビジネスとして動かしていかなきゃいけないことに葛藤することも。
― たしかにビジネスに転化しているから、そこが難しいところになるよね。ただただこだわり続けて作っても物は売れないしね。春ちゃんはデザイナーに向いてる人ってどんなタイプだと思う?
もちろん、こだわりも大切だと思う。だけど、「若干ビジネスマンの気質を持ちあわせている人」かな。
― 好きだけじゃだめ、趣味じゃなくて商業ってことだよね。うんうん、それわかるわぁ。で、ロンドンに息子2人と拠点を移したわけだけど、それはどうして?
F/CE.はヨーロッパ圏にも顧客を抱えてて。海外販売における価格の上振れとか、納期の問題とかあるんだけど、それを日本と変わらないシステムを整えたいなって思い。子会社を作りましょうってなったとき、いろいろと問題がでてくるわけで。結果、山根さん(夫)ではなくわたしが行こうと。不安ではあったけど、子育ての環境にもいいだろうなと思って決心したの。
― 自分のビジネスに子供がいることによってポジティブに思えるってことだよね。それはなんかいいと思う。仕事と子育てのバランスってどうしてる?
ロンドンでの生活は子供にかかる時間がとてつもなく増えたの。お迎えの時間が早かったり、まとまった休みが多かったり。でも、逆に一緒にいる時間が増えたから、子供がいま何をしているかっていうことが常にわかるから、それはそれでおもしろい。
仕事をする時間は減っても仕事量は変わらないからそこはうーんってなるときもあるけど、すごい集中するようになってカバーできるようになったし、なんなら友だちとランチする時間も日本にいるときより増えたの。
― それはうらやましい! 楽しんでそうで何より! 春ちゃんはインプットとアウトプットはどうしてる?
もちろん旅! 旅をする先々で知らないことに出会い、ディグる。例えば最近でいうとフィンランドに行ったんだけど、Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)の建築や家具が自分が知っている以上にあると思わなくて、そこでまた調べる。ベルギーに行ったときは、マグリット美術館で見たいと思っていた絵がそこにはなくて、調べたらニューヨークのMoMAにあることを知り、ニューヨークに行きたいと思って調べる。旅でインプットもアウトプットもしている感じ。
― 好きなデザイナーさんはいるの?
川久保玲とマルタン・マルジェラかなぁ。川久保さんの本を読んだことがあるのだけど、デザイナーとしての川久保さんも好きだけど、ビジネスマンであったところにすごい共感したの。マルジェラさんは自分を売ってないというか、独自のニュアンスで作る服やその考え方とかに憧れる。
― うんうん、ニュアンスってわかる。ニュアンスって説明できない部分なんだけど、いいなと思う服に袖を通すとやっぱりいいってなるもんね。すごく大切な言葉だと思う。最後に、ファッションの世界に夢見た子供の頃の自分にひとこと言うなら?
「とにかくやりたいことはどんどん口に出していこう!」ですかね。なんだろう、ひっそり想うこともいいけれど、誰かに伝えることも大事、ときにはしつこいくらいに(笑)。その精神があったから努力はしていたもののわりとスムーズにやりたいことができていたのかなって思う。これはロンドンで生活していても思ったことかな。子どもに学校ではどんな授業しているの?と聞いたら、なんかいつも話し合いをしているって。自分の意見を言わないと放っておかれるから、最初は戸惑っていたものの今では参加できるようになったって教えてくれた。ロンドンの人たちは否定的なことだけじゃなくて、良いことも褒めてくれる。そういう文化って素敵だよね!